大分県で起こった、「村八分」の問題について思うこと

このところ話題になっていることの一つとして、大分県の山間部で起こっている、「村八分」の問題があります。他県から、母親の介護で家族をおいて移住した男性が、地区の行事の案内や市報の配布がなされなかったということで、弁護士も出てきて、全国的に知られる様になった一連の出来事ですが、私は、こういった村八分の問題については、この地域の方と、移住してきた人が一体どういったことから、この様な事態になってしまったのかについて、マスコミが完全に焦点の合った報道をしないので、この件の詳細について挙げませんが、私の考える、都市部と田舎のことについて述べたいと思います。まず、田舎から都市部への人口流入が続いているのは、田舎にこれといった産業が無い、延いては雇用の場が無いといったこともありますが、新しいものを受け入れようとしない人々の存在、しきたりを重んずるコミュニティーの存在の煩わしさ、娯楽の少なさ、交通の利便の問題が出て来ると思われます。近頃まで盛んに云われていた地方創生の問題は、飽くまでも都市部の人々が考えたものであり、話をぶち上げた人々や煽っている人々が、実際に田舎暮らしをしていくのかと言えば、その様なことはまず無いと言っても良いでしょう。ただでさえ、田舎暮らしは、想像以上に大変と思います。地方によっては、折角来てくれた医師を住民が追い出すといったとんでもないことをする地方もあったということが報道されていましたが、テレビをはじめとするマスコミが、田舎の生活の一部を採り上げて、或は地方にU・Iターンして成功している様に見えている人を挙げて、田舎の良さをアピールしている場合がありますが、実際には、そう生易しいものではなく、こういったものは、地方創生という言葉に名を借りた、現代版の人返しというものになるのではないかと思います。東京或は東京圏への人口の流入、特に東京一極集中は止まることはありませんし、こういった傾向はこれからも続くと思います。幾ら、地方創生云々と喧伝しても、実際に田舎暮らしをしてきた人に響くものが無いということを知っている人は、まず、こういった話には乗らないでしょうし、幾らマスコミや識者が煽っても、まともな感覚の人からすれば、安易にIターンをするということはしないと思います。私の住む、地方の市では、以前市の広報に、「進学や就職で、この市を離れても、将来的には戻って来て欲しいですね」と書かれていましたが、こういったものは形だけと捉えるのが妥当と私は考えています。私の出身高校は進学校でしたが、高校卒業と同時に他の地方に住む人が多かったと記憶しています。進路指導の先生方は、地元の大学への進学を強力に進めていこう(薦めるのではない)としていますが、実際、教師の子弟が、地元の大学に進学して地元に就職している例は殆どありません。実際の地方の実態を知っていれば、地元大学への進学を押し付けられる(実際には、教師の思惑通りになるかどうかは別です)のは、教師の子弟以外の者であることから見ても、教師の側もかなり強かである以上、教師の側の話にホイホイ乗ってしまえば、結局就職活動では、重い金銭的負担を強いられながら、都市部への就職を考える様になるというのが現状です。大学や短大に進学しても、それに見合う仕事が無い地方での生活は、大卒者・短大卒者にとっては、現実的ではありません。増して、他の地方から、他の地方出身者が田舎と呼ばれている地方へ就職するということが、本当に将来的に見て、その人の為になるのかについて、私はかなり真剣に考え、情報を得ることを綿密に行っていたとしても、難しいのではないかと思われます。私は、高校時代に、都内の大学への進学を希望していましたが、一時期地元大学への進学を押し付けられそうになりました。実際には都市部や東京の大学へ進学したのですが、妹も首都圏の大学を志望していたので、妹について、先生方が(一部を除く)、「お宅の家のお子さんは、私達のやり方にそぐわない生徒なのです」といったとんでもない話をしたことがありました。出身高校の先生方は地元大学の出身者が多かったので、都市部への進学を快く思っていなかった面があったと思いますが(私の両親は他県出身者です)、こういった先生方の話は、入口の問題だけでなく出口(就職)の問題を無視していると思います。また、都市部へのコンプレックスがあるのであれば、価値観がそもそも違うだけでなく、教師のやり方を単に押し付けているだけと思います。郷に入りては郷に従えという言葉がありますが、そうは言っても、変えていかなければならない因習、本当の意味での活性化というものは必要と思います。私も現在は、地方在住ですが、将来的には東京都内で骨を埋めることが出来るのが強い希望としてあります。